年明けに海を越えた話(6日目~最終日)
1/7。

朝を一枚の皿に詰められた朝食から始める。
ところでここまでイギリスで摂った朝食は大体このメニューに帰結し、これは「Full English Breakfast」と呼ばれるもの。
ていうかおにぎり型のハッシュドポテトがめちゃくちゃ美味い。
ロンドンを観光する。
なんか、すごいの。
確かホテルだったと思うんだけどどこで写真撮ったのか忘れちゃった。

大英博物館に着いた。

クソ広いエントランスを抜けて、展示室を見ていくわけだがこの大英博物館はあまりに広い。
広い上に世界中の品を展示しているためいちいち写真を撮ってキャプション読んで--などしていると日が暮れるので、少し飛ばし気味。

これは日本展示室にあった銅鐸。火焰土器もあった。

1799年、ナポレオンのエジプト遠征の折に発見され、シャンポリオンによってその内容並びにヒエログリフが解読された。

ギリシャにあるパルテノン神殿に彫られていたレリーフの実物。展示室がパルテノン神殿と同じサイズに作られており、レリーフが当時の縮尺ままに並ぶというトンデモ展示。
他にもエジプト、マケドニア、アジア諸国、オセアニア……と無数の展示を見て回り、博物館を出たのは入館から3時間半後。
次はロンドン随一のランドマークを見に行く。

街並みを抜け、
着いた先はビックベン/ウエストミンスター宮殿。
イギリス議会の心臓部であり、また道を挟んだ所に建つウエストミンスター寺院は歴代イギリス国王や偉人が埋葬されている地でもある。
道路に沿って建物の周りを散策。なんちゅう規模だ。

こちらウエストミンスター寺院。
ここで写真を撮っていたら、時刻が16時を迎える寸前となっていた。。ビックベンまで戻り、かの有名な『ウエストミンスターの鐘』を聞きに行く。
日本では学校のチャイムに用いられているあの音ね。
鐘も聞いたのでここら辺の観光を終わらせ、日が沈みきる前にホテルへ戻る。
ホテルに荷物を置き、夕飯を食べに再び外へ。
歩いて3分くらいの所にあるアイリッシュパブへ入店。

イギリスのブリュワリー、Samuel Smith's Old BreweryのTaddy Lagerを飲む。
美味い。
ハンバーガーを食べる。
めっちゃ美味い。
ビールが無くなったので、シードルを飲む。
美味すぎる。
満足した。ホテル帰る。
1/8。
遂に最終日。ホテルを後にして、ロンドンの郊外へ向かう。
これ昨日入ったパブ。
電車に乗ってMaze Hill駅へ。そこから徒歩で公園の中の丘を登ると、
辿り着けるのがここ、旧グリニッジ天文台。
言わずと知れた経度0℃、本初子午線の基準値点であり、現在は博物館となっている。
建物の外には24時間の時計。
博物館も入りたかったけど、割と時間がギリゆえに外観だけ見て再びロンドン市街へ。
日本へのお土産を買い、いざ再びのガドウィック空港。

今回の旅、総じてイギリスにおける鉄道の便利さに助けられた。なにせ日本と同じ感覚で乗れる。
空港に着いてからはもう簡単よ。

この飛行機でイスタンブールへ。

数時間待って羽田へ。
これにてイギリス旅行終了。おつした。
4回の記事書き終わるまでに1年かかっちゃった。
年明けに海を越えた話(5日目)
↑
これの続き。
↑
これ初回。
1/6。
この日の朝、私はSalisbury駅前のバス停に立っていた。待っているのは路線バスではなく、所謂ツアーバス。
概ね事前に確認していた時刻表通りにバスがやってきたのでこれに乗車。運転手にその日1日分の交通費を渡して、リーフレットとイヤホンを貰う。

今日の目的地は著名な史跡「ストーンヘンジ」。
座席の前にある端末にイヤホンを刺すと、いろんな言語でのガイドが聞ける。有難いことに日本語もその対象。

やがてバスはビジターセンターに到着。ここでビジターセンターと遺跡を結ぶシャトルバスに乗り換える。
まーーーっすぐな道を行くと、
やがて遺跡が姿を現す。
そして到着、ストーンヘンジ。

先史時代に築かれた巨石遺跡であり、建築目的については不明ながら天文学的な祭祀に用いられた説が有力視されている。また、近年の調査でこのストーンヘンジを取り囲むように作られた構造物や埋葬施設が発見されている。
この遺跡から北へ30kmほど離れたエイヴベリーに残る環状列石と共に、『 ストーンヘンジ、エイヴベリーの巨石遺跡と関連遺跡群』として世界遺産に登録。そっちも時間あったら行きたかったんだけどね。



遺跡を囲うように遊歩道が敷かれている。
設置されている看板を読みつつ、ぐるりと歩く。
満足したので再びシャトルバスに乗ってビジターセンターへ。ここに併設されている博物館も見学し、やってきたバスに乗って次の目的地へ。
バスに揺られて20分程。
見晴らしのいいバス停で降車。
振り返ると視界の左に丘陵が見える。あれを目指す。
丘を登り、チケットセンターを越えると石積みが連なる場所に出る。
ここは「オールドサラム(old salum)」。ここソールズベリーにおける最初の入植地であり、その起源は5000年程前に遡る。以降人の居住が続き、中世には王家の城を中心とする城塞都市へと発展した。
今いるこの場所はちょうど城の敷地内(下の画像の内側の円)。

城を取り囲むように都市の領域が残る。

かつて見張り台であった場所。
眼下には牧歌的な風景が広がる。
上に貼った地図の北西方向、地面に残る特徴的な模様は初代ソールズベリー大聖堂の痕跡。
今もソールズベリー市街に建つ大聖堂は、都市の機能がここから移る際に建てられたもの。
というわけで。

オールドサラムを後にして、バスにてソールズベリー市街へ戻り、そのまま大聖堂へ。

中に入ると日本語訳された冊子が置いてあるのでこれを参考に大聖堂を見て回る。

統一的なゴシック様式で建てられた大聖堂は内部も調和の取れた美しさを見せる。
さて、ここには世界史において著名な文書の写本が残る。
それがこれ。
1215年に時の国王ジョンが諸侯によって調印させられた『マグナ・カルタ』である。
内容はまあ、ざっくり言うと王室の特権を制限するものであり、現イギリス憲法の魁として知られる。
現代に残る写本のうち最も保存状態がいいものがここに展示されている。
その後ゆっくりと聖堂内部を見てまわり、時刻は15時半過ぎ。
この日のうちにロンドンへ戻りたいため、大聖堂を発ちそのまま駅へ。
ロンドンで泊まるホテルの最寄り、Tottenham Court Road駅までのチケットを購入。
で、電車で移動。
18時にホテルに到着。

↑
外観
部屋
↓
半地下の部屋であるため造りがふしぎ。
無事宿に着いたので、一息入れてから夕飯を探しに街へ出る。

辿り着いたのはフィッシュアンドチップスだった。
ランヴァイルで食べたものより美味しかった。
あの親の仇みてえなグリーンピースは何だったんだ。
年明けに海を越えた話(3~4日目)
↑
これの続き。
1/4。この日はリヴァプールを発ち次の都市へ向かう日。
最後に海沿いの施設をぶらぶら歩く。

船の係留地を囲むように建造物がある光景が多く見られる。レストランだったりお土産屋だったりが沢山。

古いドックも現存。歴史のある港町である事をよく伝える。
その歴史や街並みの保存状態が良い点からユネスコの世界遺産に『海商都市リヴァプール』として認定されていたが、都市の再開発が行われ歴史的な景観が破壊された事を受け2021年に登録を抹消された。
上の写真のように、登録範囲であった場所にはひっそりと世界遺産のマークが今も残る。

海沿いの道から少し行くと、壮大なバロック建築の建造物が見えてくる。
名前を「リヴァプール港ビル(The Port Of Liverpool Building)」と言い、隣接する2つの商業ビルと共に「スリー・グレイシズ(三美神)」と呼ばれ、リヴァプール発展の象徴とされる。

水路の向こうのスリー・グレイシズ。左端、「ロイヤル・リヴァー・ビルディング」の時計塔はロンドンの「ビッグ・ベン」よりも高い。

歩いているとThe Beatlesの立像があった。
そもそもリヴァプールに来ようと思ったきっかけが、私自身がThe Beatlesを好きな事にあったのでこういう痕跡を見れて満足。あわよくば他の聖地にも行きたかったけど、時間の都合上それはオミット。
散歩終わり。
2日ぶりのLiverpool Lime Street駅。
一昨日撮らなかった駅の内部はこんな感じ。
圧巻。

切符買ったら、レシートに目的地までの最も効率的な乗り換えが示されていた。且つ駅員が強調をくれる。大助かり。
3時間後、本日宿泊の町バースに到着。
ホテルの受付が17時までなので、走ってホテルへ。ギリギリで投宿。

かわいい部屋。
少し休憩した後、夕食を食べに外へ。
良さそうなパスタ屋があったので入店。
パスタもブレッドもカクテルも美味しくて大満足。
店を出たら霙が降っていた。寒い。

正面の橋はバースの名物、パルトニー橋(Pulteney Bridge)。橋の両側に店の並ぶ18世紀の建築。

ホテルの前の通り。うっすら積もり始めた。
まあ、夜だし雪だしで外に出る気が無くなったので部屋に戻りそのまま就寝。街の観光は明日に回す。
1/5。ホテルをチェックアウトして外に出ると、雨がしとしと降っている。
バース観光はそんな天気でスタート。
まずは街の東側に延びる運河に沿って歩く。



なんだこの船。
しばらく歩くと、閘門を越えて二股に別れる場所に着いた。場所としての雰囲気がとにかく良い。
歩を進め、Bath Spa駅の裏手にたどり着く。

揚水機場のそばに白鳥がいた。

これ以上近づくとどつかれそうだったのでそこそこの距離で観察。
市街地に戻ってきた。
統一感のある外観の商業施設を抜けて、
バース聖堂に隣接する史跡へ。
この史跡、名前を「The Roman Baths」と言う。
古くから温泉として利用されていた場所に、紀元1世紀頃にローマ帝国が侵攻。ローマ人が定着したのち、ローマ式のサウナやジムを含んだ浴場が築かれた。
ローマ帝国撤退後も温泉は利用され続け、今日のバースを代表する史跡となった。
ちなみにこの街の名前、バースも温泉を意味する単語に由来するので、まさにアイデンティティとも言うべき存在である。
入口でチケットを購入し、音声ガイダンスを受け取る。ガイダンスの音声は英語。

まずは博物館から。出土品から建物自体の歴史や通商、都市の歴史に触れる内容で学べることが沢山。嬉しいね。

当時の神殿跡をそのまま活用した展示。
排水溝など水利システムが確認できる。
博物館を越えて、メインの浴場へ。

驚くべきことに、古代から今まで湯が湧き続けている。このエリアから延びた通路の先にはサウナや水風呂もあり、当時の建築技術の高さにも驚かされる。
最後のとっておき。当時の人も飲んでいたという温泉の湯が飲める。
ぜんっぜん口に合わなかった。
さて、心ゆくまで観光したら昼過ぎになってしまった。この日のうちに次の町、ソールズベリーまで行かなければならないのでそそくさと駅へ。
チケットを買ったらまた大助かりレシートが付いてきた。
昼飯を食べていなかったので駅の売店でポークパスティを購入。満足のいく食べ応え。
始点のBath Spa駅からTrowbridge駅までは電車で、
Trowbridge駅からSalisbury駅まではバスで移動。
今まで海外で乗ったバスの中でも断トツで乗り心地が良かった。
15時過ぎにソールズベリーへ到着。ホテルへの道すがら街を少し観光。

結局水路に惹かれる。
ホテルに着いたらこの日の移動はもう終わり。
夕飯の時間まで明日の予定を考え、暗くなったら外に出る。

ちなみにホテルの目の前には壮大なゴシック建築であるソールズベリー大聖堂が建つ。明日もっとよく見る予定。
この日は、ホテルの近くに中華屋があったのでそこで夕食とすることにした。


あーー…………。
次回、5,6日目。
年明けに海を越えた話(出発~2日目)
今年の年始の事である。
諸事情の末会社から休日を数日貰った結果、けっこう長い連休が生じた。
こうなると何かしないともったいない。
この何かというのは、まあ大体の場合旅行になると思うのだがーー、その大体に漏れず、私も旅に出ることにした。
折角の連休、目的地はそう。
イギリスである。
元旦の19時、羽田空港。

思ったより人が多い。結構同じことを考える人間もいたもんだ。
保安検査を越えて搭乗口へ。
今回は飛行機代節約のためイスタンブールを経由するルートを使用。
飛行予定時間はほぼ13時間。まぁ自分は乗り物の中でいくらでも寝られる性質なので機内食の時間以外は本当にずっと寝ていた。


機内食。1/1の夜(上)と1/2の朝(下)。夕飯は和食に寄った構成に対し朝飯はトルコの色が強い。キュウリ、トマト、チーズの組み合わせはトルコではメジャーなもの。以前トルコに行った際は毎日の朝飯がこれだった。
1/2、午前6時(日本との時差:ー6時間)。

イスタンブール国際空港に着いた。
国際線の乗り換え口へ。次の搭乗まで2時間強あるが、現地通貨を持っているわけでもないのでさっさと搭乗口へ。
8時過ぎ、予定通りロンドンへ発つ飛行機に搭乗。
こっちにも機内食ついてた。2回目の朝飯、2回目のオムレツ。
体感こっちのほうがおいしかったかな……。
ロンドンまでは3時間のフライト。当たり前に就寝。
1/2、午前9時(日本との時差:-8時間、イスタンブールとの時差:-2時間)。

ロンドンに到着。頭がぽけぽけする。
一度飛行機を降りてから空港へ。看板や誘導が英語なので移動も楽。
ところでロンドンには空港がいくつかあり、今回は郊外にあるガトウィック空港を使用。ここから今日中におよそ350km先、港湾都市であるリヴァプールを目指す。
空港直結の駅で切符を購入。やり方分からん過ぎたので駅員に尋ねながら。
ホームに降りてしばらくすると電車がやってきた。
この後は電車を乗り継ぐこと5時間。
午後4時。リヴァプールの中心、Liverpool Lime Street駅に着いた。カモメがすげえ飛んでる。
ここからバスに乗ってホテルに向かう。
道中、住宅街の先に船の係留地が見えた。
この日から2泊するホテル、『Pullman Liverpool』に投宿。清潔・広いベッド・お湯の出るシャワーの三点揃ったいいホテル。
まだ辛うじて外を出歩けそうな時間なのでホテルを出る。
観覧車とドック。この一帯は地区の名前にそのままドックが使われている。例えばここはKing’s Dock、という地区。
リヴァプールといえば、伝説のロックバンドThe Beatlesが結成された地。
彼らにゆかりのある品を所蔵、展示している博物館もある。

ホテル近くの道路から。明るい時間に来たらずいぶん印象も違いそうだ。
この日の夕飯は海外で一度は食べたいマクドナルド。味はそんな日本と変わらなかった。
1/3、午前7時半。この日はホテルの朝食でスタート。

かなり美味いが正直野菜も欲しい。 そして紅茶はポットごと来た。
と、ゆったり食べつつこの日の予定表を見ると、ホテルを出発すべき時刻をちょうど超すところであった。ゆったり気分はいずこ、急いで紅茶を流し込みホテルを出る。
走ってLiverpool Lime Street駅を目指すが、そこは方向音痴。いつの間にか道を間違え隣駅のLiverpool Central駅に着いた。何故。
ここで幸運、Liverpool Central駅はこの日の目的地への途上に位置していたので駅で切符を買いやってきた電車に滑り込む。時計を見たら予定より一本早い電車。あぶねえ。
ところでイギリスの電車にはよく座席の下にコンセントとUSBポートが備わっている。

日本にモバイルバッテリーを忘れてきた身としては大助かり。
およそ40分後、Chester駅に到着。ここで乗り換えを行い、一時間半の移動を経て西のウェールズ地方を目指す。


車内。朝の都市部から離れる電車なのでがら空き。

1時間も乗っていると、外には牧歌的な光景が広がるようになってくる。
午前10時。目的地の駅、及び村へ到着。
ランヴァイルプルグウィンギルゴゲリフウィルンドロブルランティシリオゴゴゴホ駅。
そして、
ランヴァイルプルグウィンギルゴゲリフウィルンドロブルランティシリオゴゴゴホ村。

駅名標もホームの看板も大変なことになっているこの駅/村の名は、19世紀に生まれた。理由は村の商業的な発展を狙ったものと書く文書が多い。
最近になって有名になってきた地名なので、どっかしらで聞いたことのある人もいるのではないだろうか。
私も趣味のクイズをやる中でこの地名を知り、しかしどんな村か知らなかったので、この機会に実際に足を運んでみた。

ホームを結ぶ跨線橋から。まっすぐな線路が気持ちいい。
駅を出て村を散策する。




すっごい普通の村。
しかしいい。ゆったりした村を、特に何を目的にするでもなく、時間も気にせずほっつき歩くのもまた旅行の楽しみ方だ。
村の中でもひときわ存在感を放つ塔の下に来た。頂上にある像は19世紀初頭にこの地を治めた初代アングルシー侯爵のもの。


近くでは羊が放牧されていた。
村を一周し、駅前のメインストリートへ。
廃屋を見つけ写真など撮っていたが、ふと次の電車がいつなのか気になり駅に戻る。
時刻表を見ると2時間後であった。ちなみに一本前の電車は10分前に出て行った。
やっちまった……。
さすがに2時間も歩いた後だと、追加で2時間歩く気はそんなに起きない。

駅前にカフェ併設のお土産屋があるので、ここで時間をつぶすことにした。

普通に寒かったのでホットチョコレートを啜る。甘くて最高。

おなかも空いたのでフィッシュアンドチップスを注文。タルタルソースの味と親の仇みたいな量のグリーンピースに目をつぶれば美味。
やがて駅に来た電車(ちなみに終電)に乗り込み、今朝乗り換えに使用したChester駅を目指す。

1時間半後、Chester駅に到着。このままホテルに帰るにはまだ早いので、Chesterの街を歩いてみることにした。






歩くだけで腹がいっぱいになる街。Chesterはローマ帝国時代に築かれた砦を起源に発展、16世紀半ばに都市として認められた都市である。街には保存状態のいい城壁(市壁)が残り、その中にヴィクトリア朝様式で建てられ、白黒の外壁を特徴とする建造物の並ぶ街並みが存在する。
絵に描いたような、いわゆる❝中世風❞の街並みは人気の観光スポットでもある。


また、Chesterは現役で使用されている競馬場としてはイギリス最古のものを備える。
記録によると1539年に最初のレースが行われたとあり、以後500年近く稼働している。
というかいい加減暗くなってきた。そろそろ帰らねば。

帰りがけに街角を撮る。最高の街だった。
この日の観光はこれで終了。電車でリヴァプールへと戻り、夕食を食べてからホテルへ。
明日はリヴァプールを経つので、荷をまとめてからの就寝と相成った。
次回、3,4日目。
海と廃墟も楽しんだ話
よく共に出かける知人と、四国に行きたいよなという話になった。
車での移動を前提にした上で本州からのアクセス方法は何通りか存在するが、折角なので少し面白みのある方法ーー船に車を載せての渡航を選択することにした。
というわけで。

午前0時半、和歌山港フェリーターミナルに到着。
言うて出航まで2時間あるので建物内を探索。

無人の建物はいいね。

午前2時半、フェリーへ乗り込み車を置いたら即睡眠。この後一日車走らせなきゃいけないからね。

起きたらもう外は明るんでいた。というか徳島港への接岸が間もなく。
午前7時半。


札所第二十四番の最御崎寺を通って

灯台からすぐ近く、道の向こうにトンチキなフォルムが見える。

正面まで近づく。そのまま中へ。

建物の二階には大広間。
階段のところに案内があった。というわけでここは結婚式場を備えたレストラン、のはず。
いや案内が嘘なわけないんだけど、なにせ建物のみが残る廃墟なので、残留物からの確認が難しいのだ。

上へと伸びる螺旋階段。脳がバグる。

三階。案内によれば結婚式場や喫茶店があったんだけど……わからないね。
割と建物の端まで歩ける。こわい。
螺旋階段を登りきると、この廃墟における最も特徴的な構造が眼前に迫る。
建物正面からも見えるこの三本の突起は、その実内部に螺旋階段を含む実用的な構造だったのだ。
ほんまか?

屋上からの展望。すごい霧。
この廃墟はめちゃくちゃ有名なれども規模自体は小さいので、内部をぐるりと探索して次の目的地、この廃墟からほど近いはいホテルへーー。


門前払い。おつかれした。
室戸岬が言わば四国の右下。ここから高知県を横断して愛媛県にある今晩の宿を目指す。
道中のカラオケボックス。

すっかり繁茂に飲み込まれてしまった。
扉越しに内部を覗く。ポスターにあるアニメは2015年放送のもの。
少なくともこの時期には営業していたとして、この記事を書いている時点でまだ閉業して10年足らず。
それでこの植物の育ちっぷりとは、さすが年間降水量が1位の高知県といったところだろうか。
運転途中の休憩に高知市で寄り道、馬路村のアンテナショップ。
「ゆずソフト」を頂く。さっぱりしててとても美味。
再出発。
高知競馬場の横通った。
折角高知に来たのだから、食べたいものと言えばやはり鰹のたたき。

須崎市にある 道の駅 かわうその里すさき にて喫食。鰹自体もおいしいしタレも美味しい。元気出た。
ここでトラブル発生。予約していた民宿から、宿側の都合により宿泊が不可能になったとの電話。
おいマジか、とはなったが仕方ないので代わりの宿を探す。
そんなに値段の高くないところを探し予約をし、
車を走らせる。
午後6時半。


投宿。めっちゃいい部屋じゃん。
正直1日車を走らせて疲れたので、この日の活動は終了。
翌日も予定がいっぱいなのでゆっくり休息をとることにした。
2日目。
朝宿を出て車を走らせること2時間、到着したのは透明度の高さで有名な柏島ビーチ。
前々から行きたいねー、と話していたので訪問を実行。
先達のブログには、「夏は繁茂が激しすぎて到達は無理」と書かれていた。が、行きたいもんは行きたいので歩を進める。
道中。



これらを撮った場所はまだ道が確認できる優しめな場所。
道程の半分くらいは道が確認できず、かつ繁茂によって足元も見えないのでしっかり危ない。
30分かけて到着。葉っぱとかで肌が切れるのを嫌って上下レインコートを着て歩いてきたので汗ダラダラ。お茶が美味いが信じられないくらい虫が飛んでいる。

まあここは到達が目的だったので一息入れて元の道へ戻る。「夏は到達できない」は打ち破ることが出来たが、敢えて言うならばこう。
「夏に来るものではない」
灯台の後はビーチも観光。水に入る気は無かったからゆったりまわりを歩くだけ。

曇り空ではあれども確かに綺麗な海だった。
海を後にして少し車を走らせる。
道の脇へ車を停めて藪に覆われた道を歩いて進むと、

廃ホテルが姿を現す。
かるーく中を探索。

エントランスとレストラン
階段を登って
客室をベランダから見物。

開放的な廃墟でも、日の当たらない場所は途端に不気味さを増す。このエレベーターの演出力と言ったら。
屋上に出る。太平洋を見下す絶好のロケーションだ。右側に写る特徴的な構造物の中には
ビリヤード台が置いてあった。廃墟でビリヤード台見つけるとなんか嬉しい。
このホテルの探索はこんな感じ。やっぱ光のある廃墟はいいね。
続いては有名なスポット、足摺海底館。

建物に入ると、水面下7mまで螺旋階段が続く。
降りた先には円形の展示場。16ヶ所の窓から外を眺められる。

楽しい。
本日2つ目の廃墟。
建物に入ってすぐ分かる蒸し蒸しした熱気とカビの臭い。
これは健康に悪いぞ。

原因お前やろ。
ここは珍妙な珊瑚の博物館の廃墟。
その珍妙さゆえに結構知られたスポット。
館内には展示がそのまま残り、その先には
人魚がいる。ほんとになんで?
一階には広いお土産売り場と食堂。
珊瑚を売ってもいたようだ。
チケット売り場。

午前8時開館は普通に早い。
上記の通り建物中健康に悪い臭いがするので探索を終えたらすぐ退館。
有名さに違わぬ面白い廃墟だった。

外観。そもそもこの外観は有名にならない方がおかしいのかもしれない。
さて、この廃墟を最後に訪れる予定であったスポットへの訪問を完遂した為ここからは移動のフェーズ。高知から愛媛は松山まで車を走らせる。
特に何事もなく松山のホテルに到着。疲労ゆえに就寝。まあ結構寝たよね。
3日目。
ホテルを出てまず向かったのはとある住宅地の端。ここからとある廃墟が見下ろせる。
それがこれ。

不必要な威容を醸すこいつはラブホの廃墟。
実に内部を探索したいが残念時間が無い。
このアングルで取り敢えずの満足としておく。
この日のうちに大阪まで帰らにゃならん為、しまなみ海道を渡って本土に入る。
広島県に入ったところで昼食時。

尾道ラーメンを食べ体力が回復したので、
この旅最後の廃墟。ここもビッグネーム。

草が伸びたり燃えたりした階段を登り、上の写真にある弧が特徴的な階へ。
よく見た景色だねえ!
なにせ窓際に残る椅子2脚とテーブルの素晴らしさ。凋落の妙ここにありってね。
探索を終えたらあとは大阪まで車を走らせるだけの道程。よってここでこの記事も終わり。
まあ7月中旬とかいう暑い季節での探索や観光だったので普通にキツかったけど、有名な廃墟にも行けたりなんなりで充実した旅だったね。
いずれブログのネタに困ったら今回行った廃墟にフォーカスした記事書くかも。
では。
最新の世界遺産を訪れていた話(過去完了)
思い返すと、というか自分の写真フォルダを見てみると、思った以上に雪のある風景を撮った写真が少ない。
ということで、雪の積もっていそうな場所に行くことにした。
2/5

関東で大雪降りやがった。しかも出張の帰りに被る形で。
雪を見る、という目標自体は達成されてしまったが不本意極まりねえので旅行の計画を立てる。
2/11
ちょっと我慢できなかったからスキー場の廃墟行ってきた。雪いっぱい、最高。

2/22

時刻は午前6時。場所は新潟駅前。
ここから歩いて港まで行く、が天気はみぞれ。
コート着てるとは言え寒いわね…。

1時間後、新潟港。
ちょうど開いた店で蕎麦を頂く。冷えた体には嬉しい一杯。
やがて乗船時間。
という訳で今回の目的地は佐渡ヶ島。
1泊2日で島をぐるりと一周する予定。
にしてもこの船、速いとは聞いてたけどとんでもねえ速度である。

上陸。早速レンタカーを借りて出発。
ありがたいことに佐渡ヶ島は外周を整備された道路が囲っているので、それを時計回りに走る。
走ること数分、最初の目的地。
雪を撮りたいとは言ったけど、併せて寒々しい景色も撮りたかったのでまずは海沿い。

寒々しいってか寒い。
対岸の山々も真っ白。
聞こえるのは波の音だけ。グッド鄙び。
ちなみに車を斜面に停めたせいでスタックした。ハンドルぐりぐりやって脱出。あぶねえ。



次の目的地への道中。目立つ朱色を見かけたので車を降りる。
橋の先は神社、その先には古い木造の灯台があった。
古い灯台を見たので今度は――

近代的な灯台。名前は「姫崎灯台」といって、現存の鉄製の灯台としては日本最古のもの。竣工が1895年(明治28年)というのだから驚き。


灯台に到る細い道のわきにあった廃ホテルが当然気になる。

お邪魔します。


なんか壁や階段にジブリ映画の一場面が等間隔で飾られている。なんだこれ。
部屋自体は普通……と割り切って早々に後にする。このあたりで既に、「これ時間足りなんじゃねえか」と危惧し始めている。
とはいえ写真を撮ることを疎かにするわけにもいかないので、随所で車を停めながら島の反対を目指す。
雪の残る集落
海の安全を願う社
小さな漁港
歪んだ廃屋
滝の傍のバス停
さて。時系列は少し前に戻り、旅行の計画を立てつつ佐渡島の航空写真を見ていた時のことである。

画面いっぱいの建造物群が大変なことになっている。
このような惨状、大体は既に解体されているのだが――
実際に訪れたらこれ。
航空写真の印象通りに廃墟が広がっている。倒壊も激しいため、どこまでがどの建物なのかも分からない。
試しに一棟の中を覗いてみると、
あれは味噌の製造を行う大樽。
「へー、佐渡って味噌作ってんだ……」とこの時は考えていたが、後から調べてみると佐渡味噌といって江戸時代に源流を持つ立派な名産品があるようだった。
不勉強を恥じる。
廃墟群の周りを散策しながら大通りに出ると、道路に面して件の味噌樽が展示してある。脇を抜けて建物の中へ入るとそこは。

工場だった。しかし先の通路が水没しているのでこれより前に進めない。
かろうじて横に延びる通路に行けそうなのでそっちに足を向ける。
うわすっげ。
なんと味噌蔵を模した展示施設である。こんな廃墟初めて見た。
勿怪の幸いにテンション爆上げ。大喜びで奥に向かう。
日光も届かない展示の最奥、大樽の一つがあからさまに入口。
自動ドアが閉じていたため外から覗くのみになってしまったが、
中は味噌の資料館になっている。みそ汁の試飲も行っていたようだ。
ところでこの廃墟群だが、実のところすべて同一の工場であるのをこのブログを書いているときに知った。もっと奥に行けば巨大な工場廃墟を堪能できたのだが、あの水たまりがなぁ……。
場所は変わって矢島・経島という景勝地。
こんな遊歩道好きに決まってんだから。
たらい舟体験などが人気の入り江。晴れていたら海ももっと綺麗に見えただろう。
これでも十分綺麗だけど。
再び車を走らせ着いたのは宿根木地区。歴史的な家屋が並ぶ集落に入る前に、近くにある民俗博物館を見学。


小学校の校舎を利用した旧館は雰囲気最高、収蔵されている民具の量も最高。

当時の教室が再現されている一室があった。正面の黒板にはソーシャルゲーム『ブルーアーカイブ』に由来する落書きが。
なんで佐渡ヶ島の廃校利用した博物館まで来てこいつに出会わなあかんねん。 pic.twitter.com/dZrL6WJi3B
— コムト (@komuto_re) 2024年2月22日
バズった。
旧館があるなら新館も存在する。こちらは漁業関連の民具や漁船が展示されている。
しかしこの博物館、本当に展示されている物品の数が半端ないため居ようと思えば何時間でも居られそうだ。
この博物館最大の展示物がこれ。
江戸時代に商船として用いられた、千石船と呼ばれる船を当時の設計図に基づいて復元したもの。船内を見学することも可能で、周辺には造船の工具や航海の資料の展示。
なによりこのスケールは実際に訪れてみないと掴みきれないので、機会があったら是非。
隣接する宿根木の集落にも足を延ばす。
船大工の住む町として栄え、当時の街並みが今も残っている。


道路を挟んだ海岸にも出てみる。日が傾く時間帯の海岸も一興。
宿に行く前に、せっかく離島にいるのだから、と欲張ってもう一つ灯台を見に行く。
沢崎鼻灯台。佐渡島で一番塔高のある灯台であり、その高さは実に写真映えする。
空の色合いはまさに薄暮。いい時間に来たもんだ。
さて、この日は宿に着いた後市街に出て寿司を食べ――といったように平穏な夜を過ごし就寝。
2/23
朝。宿をでて少し行った汀を散歩。
正面に見えるホテルはもちろん廃墟。
時間の関係で探索はカット。

本日のメインは佐渡島と言えば、の史跡。
そう、佐渡金山である。
17世紀初めに開山したこの鉱山は、その後400年間の採掘の末平成元年に操業を休止。
現在も様々な遺構が残され、観光整備されている。
しかし、私が訪れたタイミングは施設のリニューアル期間であったが為に資料館や坑道は見学出来ず。
せめても、と上の写真にある選鉱場と下の写真にある「道遊の割戸」を遠目ながらに見学。
メインにしてはなんとも薄味。また佐渡島来ることがあったら再訪を――
と思っていたら今年の7月、インドのニューデリーにて開催されていた世界遺産委員会において「佐渡島の金山」の世界文化遺産への登録が決定した。めちゃくちゃめでたい。
再訪するときには史跡のどこかにユネスコの紋章が見られることだろう。楽しみ。
選鉱場の麓、海に面して港の遺構がある。
名前を大間港と言い、1892(明治25)年に完成し鉱石の搬出や物資の搬入に用いられた。
クレーンの台座や軌条、トラス橋が綺麗な状態で残っている。お手軽廃墟気分。
金山エリアを発ってすぐ。
千畳敷と呼ばれる景勝地とそこに続く遊歩道。今回の旅、こんな感じのところをずっと巡っている。
その近くに神社の跡があった。柱には天保4(1833)年と刻まれている。信仰は何処へ。

神社跡の隣の漁村を撮ってまた車を走らせる。既に昼前くらいの時間だが、本日の行程はここからが長い。そのうえ帰りの船は16時くらい。急がねば。
日本海を臨む廃屋

伽藍洞と化した(おそらく)レストランの廃墟とその内部
個人的にこの旅の中で最も「寒々しい」を感じられた場所。




それこそ雪などの分かりやすい寒さのアイコンが無い以上写真で伝わるかは分からないが、人の居ない港、厚い雲、冬の海風、等を想像してもらえば多少は通じるだろうか。
つまりはそういった雰囲気である。
島の北へ向かう途上、山を越える道のとある地点で、脇に車を停め写真を撮っている男性がいた。
それに倣って車を降りてみると、

!!!
最高の眺望である。
佐渡島に来た理由、そもそもは雪のある風景が撮りたいというものだった。
といっても派手に積もっていることを求めていたわけではないので、このくらいで十分。むしろこのくらいがベストな気さえする。
ほら、積もりすぎると行程に支障出るし。ていうか運転したくないし。
昼過ぎになって、やっとこの旅の最終目的地。


大野亀と二ツ亀。いわゆる佐渡島の最北。
大野亀は貴重なトビシマカンゾウの群生地として、二ツ亀は海水浴場として有名だが
今は二月。どちらも望めないので散策路を歩くに留める。それでも雄大さに季節は関係ないので満足感はしっかり。

二ツ亀の近くに島最北の灯台があったので、最後にこれを見物。
なんか像あった。
1957年公開の灯台守の夫婦を描いた映画『喜びも悲しみも幾歳月』の記念像らしい。
2017年頃までは近くまで行けたようだが、今は藪が繁茂している。噫無常ってね。
その後は簡単な道のり。島の北端からレンタカー屋まで寄り道せずに南下。
フェリーターミナルに着いたところ少しばかり時間に余裕があったので、

温かいきつねうどんを一杯。
美味。

行きと同じく高速船に乗って本土へ。
相当満足度の高い二日間だった。感謝。
あ、近いうちにオマケの小記事書きます。
年末年始を暖かく過ごした話
基本的に島が好き。
なので年末年始を使って島に行ってきた。
12/29
A.M.10:00。

東京は竹芝港。
同行者と合流してーー

船に乗り込む。
荷物を置いたりしながら船の散策。
そのさなか、出航を待つ間に動物タワーバトルをやり出す同行者。ばけもん。
出航して間もなくお昼。

うどん好き。きつねうどんめっちゃ好き。
ーー夜。
月が昇るころに外に出てみた。
雰囲気すっご! っとスマホで1枚。
ありがとう、見知らぬ人。

これは就寝状況。
12/30
A.M.6:00。
日の出に合わせて外に出る。
人も多い中カメラでぱしゃぱしゃ。

この時間帯がいっちゃん綺麗。
それから4時間くらい、目的地が見えてきた。丸々1日の航海。


程なく下船。

旅の資金も増えた。ありがとうドゥラエレーデ。

港の外に出る。いい天気。
というわけで今回の旅行先、小笠原諸島は父島。
年末に気温20°くらいの島で年末年始を過ごす。



正に南国気分。調子に乗ってアイスも齧る。
宿のチェックインまで時間があるので港の近く、大村地区を歩く。
何撮っても良さげに思える。いや実際良い道路。
P.M.16:30。
宿に着いた。
ホテルの目の前が海という絶好のロケーション。
早速海に出て、

日が沈む直前まで遊んでいた。

夕飯は一枚に纏めて。うまうま。
P.M.08:30。
せっかく夜に明かりの少ない環境に来たのだからと、先ほどの海に出る。
星を見るのと、星空撮影の練習。
初めてにしては良さげじゃない?
12/31

しっかりと朝食からスタート。
さて、今日は大晦日。そんな年の瀬に目指すのはーー
写真中央海の中から少し顔を出しているアイツ。
名を「濱江丸」という第二次世界大戦期の物資輸送船。
昭和19年、この地にて座礁してから現在まで約80年。今では人気のシュノーケリングスポットになっている。そう。年末に海で泳ごうという超ご機嫌ムーブである。



事前にスマホの防水カバーを買っておいたので船を撮る。
船自体の劣化と泳ぎながらの撮影…等で何がなんだか。それでもいい経験なのは間違いないけどね。
数年ぶりに泳ぎ疲労困憊で海から上がってくる私。この後ホテル帰ってシャワーと相成りましたとさ。
P.M.02:00。
十分に休憩したので午後の行動。午前に引き続き戦跡を見に行く。
目的は森の中にあるという十二糎(センチ)高角砲。
話では道があるようだったが見つけることができなかったので森を突っ切る。
やがて。

それらしいものが見つかった。いや、これか?
確か砲身が残ってるやつがある筈ーーと近くを歩く。

あった。凄い迫力。
普段戦跡というジャンルに特段の興味を抱くことは無いが、にしたってこれは魅力的が過ぎる。
あくまで戦争の遺構であるので囃し過ぎるのもよくないのだろうが。

これは道路の方へ降りていく時の道(道ではない)。
その後はまた大村地区まで行ったりなんだり。
ホテルに戻ってきたら程なく夕飯。

大晦日なので年越し蕎麦が出た。
P.M.11:50。
2度目の年越し蕎麦
向かいの同行者が高いどん兵衛及び贈答用の高いお茶(¥6,000)を持ってきたのでお祭り。
紅白歌合戦でQUEENも見たので相当楽しい大晦日でしたとさ。
1/1

白米の進むおかずたっぷり。お雑煮も最高。
さて、東京から1000キロも南に下る父島ともなれば、当然海開きも早い。というか。

元日から海開き、言わずもがな年中泳げるのだ。
神事を含む一連の行事が行われ、気が逸る者は近くの砂浜に駆け出す。
その砂浜ではウミガメの放流も行われた。

大きく育てよ。

行事も見終わったので再びの散策。
大村地区を見渡せる展望台に立つ。もう少し晴れてりゃなあ……。
ホテルに戻ってこちらでも正月らしい事をやる。
童謡『お正月』にも登場する伝統的な独楽遊び。

伝統的(約15年前のバトルホビー)。
P.M.15:00。
さてホテル前の海岸。
初日に散歩して見つけていたこいつに潜る。

これも戦跡。いわゆるトーチカ。
中を進む。足元と頭上に注意しながらの中腰。
どんつきを曲がってすぐに終わってしまった。
思いのほかトーチカ探索が早く済んだので、ホテルの裏手にある低い山に登る。
岩肌を歩き頂上へ。
着いた先から扇浦を臨む。

夕飯はお節にぶりしゃぶ。どれも美味。
1/2

最後の朝食。コーンポタージュは正義。
チェックアウトから出航まで数時間ほどの猶予があるため少しだけ観光していく。
小笠原海洋センター。主にウミガメ類の飼育や資料の展示を行っている施設。子亀なんかも沢山いた。
歩いて大村地区まで。

最後のメインストリート。せっかくなので撮っておく。
やはり最後は海沿いを歩きたかったので出航場所近くの大村海岸を散歩。



綺麗が過ぎて笑けてくる。なんていい島なんだ。
P.M.14:00。
いよいよ乗船。

荷物を置いたり僅かばかりのベッドメイキングをしながら出航を待つ。
P.M.15:00。
出航。デッキに出てみると
大勢がお見送りしてくれていた。
更に、
おが丸に並走する舟々。
飛び込んでいく人々。
大トリの海上保安庁。
最後まで楽しみが尽きなかった。素晴らしいね。
ところで復路においては波が往路より高く、なにか行動を起こそうものなら気分の悪くなること必至であったので結果私は24時間の航海のうち16時間を睡眠に消費することになった。
1/3
P.M.13:00
寝すぎてバグった頭のまま、お腹空いたなーってふわふわした感覚で食事の補給に向かう。
夕飯、朝飯とパスしてきた為腹の調子もなんかおかしい。

それでも美味しい塩ラーメン。
そしてーー
P.M.15:30
ただいま本土。
小笠原よ、またいつか。